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人を動かす

人に対するアプローチの落としどころ・・・に、試行錯誤している。

自分でやりゃあ何倍も速く目的を達成できることでも、人を動かして人にやらせて結果を出さなければならないことがある。
そしてその相手が(私から見て)頭が固かったり(私の要求するほどに)スピードをもって結果を出そうという意思がなかったりする場面が、多々ある。

そんなときに、私の立場で頭ごなしにやれと言っても、事はそううまく運ばない。よしんばその場の結果は無理やり出せたとしても、次やその次にうまく動いてくれなくなる(のではないかと思っている)。ひとは自分から進んで動いたほうがより良い結果を出せるはずというセオリーに従えば、人間関係を良好に保って、気持ちよくこちらの思う結果を出してもらえる環境を作ってあげること・・・が肝要、のはずである。実際に私はそうしてもらうと一番力を発揮できるタイプなので、ここしばらくは人に対してこのアプローチを取ってみている。

しかし、これも以前から同時並行的に疑念に思ってきたことなんだけど、やさしくしてやると動かなくなるタイプの人間もいる。しかもダメな人にはそういう人が多い。(ダメな人とは、頭が固かったりスピードをもって結果を出そうという意思がなかったりする人のことだ。)むしろ恫喝されて、びびらされて、影でぐちぐち文句を垂れて、でもそのほうが最終的により速いスピードでこちらの求める結果を搾り取れたりする。

これもここ数年来思ってきたことで、巷のリーダーシップ本で最近よく見る、部下を褒めよ伸ばせよやる気にさせよ、という考え方は、私は部下の立場においての自分にはズバリ合うので大いに賛同していたのだけど、人を動かす立場の側で考えると、組織のある程度の地位から上の場合はそれを念頭におく必要があるかもしれないが、というのはおそらく「有名人」とかと同じで、上に行くほど自分の組織の下の人びととのインターフェイスの密度が下がるので、ある意味「不特定多数=知らない人」を相手にするときのアプローチに近くしていく必要がある、すなわち人間はほっとけば必ず悪意のほうに解釈をする生き物だから、悪意に解釈される余地がないように必ず誰が聞いても善意に解釈されるように発言しなければならない、とか、そういうことだと思うのだが、それに対して組織のまだ下のほうにおいて人を動かさなければならない場合、これは動かす相手とのインターフェイスがより直接的、個人対個人だから、その場合はより動物的な優位性がモノを言うのかな、と。だから怒られて怖かったりこれをやらないと自分の身に嫌なことが起きるとか、そういう動機でのほうが人は動く場合もあるのかな、と。(しかしたとえばこれは私が自分が部下の立場だったら一っ番動かなくなる扱われ方なので、詰まるところは相手のタイプによって異なる、てことなのかもしれない。)ただ、もしこのアプローチが有効な相手だった場合でも、たとえば誰にその扱いをされるかによって、自尊心やら反発やら意地やらが働いて、動くものが動かなくなったりするので、そのへんが私が慎重になる所以。

まーいろいろやってみて試してみて、自分の中で実例のサンプリングをしていくことが一番の学びかたなのだろう。あとは本で読んだりとかもあるだろうけど。

てなわけでデール・カーネギーの『人を動かす』を週末に読み始めたところ。
でもまだその前の中山清孝『直伝・トヨタ方式』を読了してないのよね。この本すっごく面白いのだ。ああ両方読みたい。
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地元の結婚披露宴

今週末は、地元の友人の結婚式のために帰郷。
もうかれこれ知り合って16年。最近も正月に実家に戻ると必ず飲みに行って毎年連絡を取り続けていた、数少ないひとり。ほんとうにいい子でみんなに愛されている、大好きな後輩。このたびは本当におめでとう!!!

披露宴にはなつかしい面々がみんなお祝いのために駆けつけて、さながら同窓会のよう。昼前の披露宴から日付変わった四次会まで、ずーっと飲み続けて歌い続けて笑い続けて、本当に楽しかった。

今回気づいてしまったのは、地元の暖かさ。
いまはごりごり仕事して、新しいことやりながら学んで、それはとても刺激的でやりがいもあり心から楽しんでやってるけど、もちろん新しいことだけにこれまでの蓄積じゃ対処できないことにも次から次にぶつかるし、思うとおりにばかりことは進まずストレスに感じることもあるし、仕事も大事だけど他の大切なことと絶対的な時間の中で両立しきらずに苦しませたり苦しんだりすることもたくさんある。
なんか今回地元の16年来の仲間が一同に会している場にあって、あぁここの世界はそういう苦しさからフリーだなあーと、思った。
もちろん、みんなの新郎を祝うきもちの集まりが雰囲気をそうさせたのも多分にあるだろうし、ずっと地元に住んでいればそれはそれで別の問題とか悩みとか、普通に存在しているものだろうと思う。
でも本当に暖かくて居心地がよくて楽しかったなーって。

この楽しさと暖かい気持ちをエネルギーに、踵を返して今の生活にシャキッと戻れると精神的に健全なときなのだろうけど、そこで「あぁーこれがいつまでも続くといいのになぁ」と帰りたくないような思いになってしまうのは、何かしら気持ちが弱ってんのかなぁ。あんまり自覚してなかったけど。

もうずぅっとここ何年も、前だけ向いて上だけ目指して突っ走り続けてきたけど、そういうがむしゃらなことばかりでない世界もあるということを、今回気づけたのかなと思う。芝居観に行ったり本読んだりもするけど、それはあくまで本編の生活の息抜きという位置づけになってたのかな、という意味で、ちょっとちがう。がむしゃらな生活は、私は個人的には好きで、それが無い世界でずっと生活することはちょっと考えられないけど、そんな場所が振り返れば地元にあるっていうのは、とてもありがたい存在だな、と思う。

働きマン

今朝化粧しながら最近買った安野モヨコ『働きマン3』の梶さんのことをなんとはなしに頭に浮かべていたそのとき、天啓のようにひらめいた。
『働きマン』の登場人物の名前って仁義なき戦いの出演者名じゃん!
そう気づいてみれば誰も彼もあぁー仁義なき戦いだ!なんでもっと前に気づかなかったんだろう!

いやーたぶんインターネット上ではすでに多くの人が知っていたことだと思うのだが、今朝はこの発見で晴れ晴れとすがすがしい気持ちだった。

由美ちゃんの名前の出典がどうしても分からないと思って調べてみたら、仁義なき戦い5作目に出ている女優さんの名前らしかった。笠原和夫脚本作品以外は知らん。(一回見たはずだけど)

北大路欣也がまだ出てないかなあ。
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It's not about winning the moment.  It's about winning the day.

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