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映画レミゼラブル

この歳末最繁忙期の、仕事納めが1月3日という状況下において、21日の初日に奇跡的に観てきた映画レミゼ。年内は本当に無理だと思っていた。神に感謝します。

まだまだこれから観る方が多いタイミングなので、いやおうにでも目に入ってきてしまうツイッターは避けて、こちらの方に感想のツイートをほとばしり書きしておきます。文章の整理も何もしてないけれど、印象が失われる前に。

オープニングの海からのカメラ。舞台からきた観客を、一気に映画という違うものに引き込む。
そして水中の三色旗にすでにやられて涙。
ここでバルジャン怪力エピソード、うまい!
囚人〜保釈時代のバルジャンがバルジャンにしか見えない。ヒューさんとか思わない。市長時代になって違う人物として通るのが自然なくらいの別人ぶり。

そしてミリエルのコルム翁登場で涙ー!
コルム翁の使われ方で今回衝撃的に素晴らしかったのはしかし、最初だけでなく、最後だ。神の国にバルジャンを迎え入れるのは、ミリエルのコルム翁。輪廻転生したバルジャン。かつて自分がバルジャンとして受けた恩を、次のバルジャンに返したのだ彼は。号泣です。
バルジャンの最期に迎えに来て、三重唱になるのが、ファンティーヌとミリエルなのも「そうだよね!!」と泣きながらひざを打った。舞台版のあの場面はずっと違和感ありありだったんだけど、やはりエポであってはいけないのだ。あそこは。

舞台のテンポで進むと映画では非常に早く感じるけど、8年後にはもう市長になってるバルジャン。
工場での諍いを収める最中にジャベールが登場し、そちらが気になってついつい部下に任せて立ち去ってしまう。リアル!
後にジャベールが他の人が捕まったと言う場面の直後、バルジャンが「これはチャンスかも」と歌う場面で、バルジャンの顔に明らかにギラッとした醜い喜びがよぎる。でもすぐに、自分が経験したような法の奴隷に、罪のない男を?と葛藤が襲う。この表情の変化が見事。本当に人間の心の動きとしてリアル。

ラッセルクロウの歌がダメなのは、事前に知っていてよかった。そこはそういうものとして聞き流す寛容さを持つことができた。いきなり聴いてあれでは憤死モノだったかもしれない。画はすごく朗々たる声が合いそうな画面なのに、聴こえるのはソフトなモフモフした声。トム・フーパーのやりたかったことに応えるだけの「歌」を、彼は持っていなかったのが伝わるミスマッチ感。ちがう意味でジャベールだけ別録だったのかと思うレベル。Starsから高いところのフチを歩くチープな演出は、本人のアイデアくさいなぁと思って観ていたら、監督インタビューを読んだらやはりそうだった。うーん。他に、いなかったのか。あの並びに負けない映画スターで、かつ本当に歌が歌える役者。

ひとつ聞き捨てならない翻訳が、マリウス・コゼット・バルジャンでHeart Full of Loveのリプライズが歌われるところ、の、バルジャンのShe was never mine to keep...を「私の娘ではない」と訳してたところ!あれは、いつか自分の手を離れて巣立っていくことは分かっていたはず…という、まさに男親としての心情でしょ!それを「だって元々俺の娘じゃないし」というのは絶対に絶対に違う!!「私のものではなかったのだ」ならアリ。セクシャルではないにしろ、異性の親が子を見るときに、異性に対する純真な所有欲というのは、あると思うから。(それは特に、コゼットの寝室に胸毛バリバリで現れるバルジャンの姿に象徴的に表わされている 笑)

まだまだあるけど、とりあえずここまで。

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